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天台宗のお葬式ってどんな流れ?【さらりと解説します】

仏教が日本に伝来したのは飛鳥時代のことといわれます。

伝来当初、仏教は学問として学ぶものであるという存在でした。

学僧たちが仏教を学び、仏の教えを悟ることで救いの力を得ることができる、その救いの力で権力者や国家が守られる…そんな流れの中で権力者に認められていくことで、仏教は学問から宗教へとメタモルフォーゼをしていくことになります。

天台宗は学問から宗教へと変わりゆく日本仏教において母体ともいうべき宗派でありました。

この記事では天台宗のお葬式などについてさらりと解説してまいりますのでどうぞお付き合いください。

こんなお悩みを持つあなたへ…
○ 天台宗の家系だが、お葬式とかよくわからない…
○ 天台宗のお葬式に行くので基本的な流れを知りたい

天台宗ってどんな宗教なのです?

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天台宗伝教大師最澄さんが中国で仏教を伝授されて、帰国後に天台宗を布教させるために開祖となりました。

天台宗はもともと中国で開創された宗教ですので、最澄さんは日本における天台宗の開祖ということですね。

総本山は歴史の教科書などでも有名な比叡山延暦寺です。

比叡山で学んだ僧侶たちが鎌倉時代に様々な仏教の宗派を開いていくことになりますので、比叡山は日本仏教の総合カレッジだったといえますし、天台宗が日本仏教の母であるという所以もここからきているのでしょうね。

法華経』を教えの中心とし、誰もが仏と同じ仏性を得ることができると説きました。

本尊は阿弥陀如来や釈迦如来などで特に決まりはなく、南無阿弥陀仏や南無妙法蓮華経と唱えます。

天台宗のお葬式

お手合わせ

天台宗では仏教の教義を顕教(けんぎょう)密教(みっきょう)ふたつに分けています。

顕教は仏の教えを理解しやすいように言葉や文字で表して説かれた教えです。

密教は仏と自己が一体であるという観念をし、悟りを得ようとする秘密の教えです。

天台宗顕教密教両面のスタンスを持っています。

ですので、お葬式においても顕教の儀式と密教の儀式がミックスされていて、儀式を通じて遺族・参列者と故人とが一体となって心の開発をし、ともに仏道を歩んでいこうとする目的のために葬儀を営みます。

天台宗の葬送儀礼

地域や寺院によって多少異なる部分もありますが、天台宗のお葬式の流れは以下のようになります。

  1. れっさん【列讃】……仏の臨終を讃える四智讃梵語(しちさんぼんご)を唱える
  2. ちゃくざさん【着座讃】…仏の智慧を讃える四智讃漢語(しちさんかんご)を着座したまま唱える
  3. こうみょうくしゅほう【光明供修法】…導師が阿弥陀如来を迎えて、その導きにより故人を仏とするために引導する密教作法を行なう
  4. くじょうしゃくじょう【九条錫杖】…光明供修法の間、僧侶が杖を振りながら故人に代わり、仏になる誓いの声明を唱える
  5. ずいほうえこう【随方回向】…導師が全方位に供養回向する
  6. れっさん【列讃】……①と同じだが、導師のみ着座して唱える
  7. さがん・きがん【鎖龕・起龕】…故人を仏の世界へ導くために柩を閉じる作法と、葬場へ赴くために柩を起こす作法を行なう
  8. てんとう・てんちゃ【奠湯・奠茶】…故人が悟りの世界へ向かうために茶湯器を霊前へ供える
  9. たんどく【歎徳】…故人生前の業績や功徳を讃える文章を読み上げる
  10. いんどう・あこ【引導・下炬】…導師がたいまつで梵字のアと円を描き、故人の入滅の証として故人を讃える文章を贈る引導作法を行なう
  11. ほっせ・ねんぶつ【法施・念仏】…いくつかの経文を読み念仏を唱える、この間に焼香が行われる
  12. そうえこう【総回向】…功徳が故人のみならず、関わる人すべてに回向するようにと願う文章を読み上げる

ちなみに通夜では、戒名を授ける授戒式がメインで営まれます。

いろんな宗派のある仏教

仏教は釈迦の教えなのでひとつの宗教として存在しているはずなのに、なぜいろんな宗派に枝分かれをしているのでしょうか。

日本に仏教が伝来したのは飛鳥時代ごろ、そして奈良時代の仏教は国家から認められた僧侶のみに許された学問仏教のようなものであり、宗教というよりも国家の安定や豊作祈願などのために学ぶものだったのです。

インドから中国、朝鮮などを通じ日本に伝来した時点で仏教に対するさまざまな解釈がなされ、その教義ごとに宗派が存在していましたので、奈良時代にはそれを踏襲した形で南都六宗という宗派に分かれていました。

平安時代になると最澄さんの天台宗と空海さんの真言宗が開かれて、これまでの限られた中での仏教というものを広く民衆に広めていくきっかけとなりました。

鎌倉時代は戦乱などが多く不安定な世の中だったこともあり、仏教自体が存在の危機に直面する時代となりました。

そういう時代背景の中で仏教の存続、さらなる救いと悟りを広めるために鎌倉時代の僧侶たちは新たな宗派を次々と開いていったのです。

鎌倉仏教の開祖たちの多くが比叡山で学んでいた僧侶だったので、天台宗は日本仏教の母というわけです。

教える人はひとりでも教わる人がたくさんいると、それぞれでとらえ方が変わってくるというわけですね。

葬儀は時代とともに変わりゆく

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昔より、通夜は故人とともに過ごす最後の大切な夜であり、葬儀は故人を死後の世界へ導くための儀式でありました。

現代においても通夜・葬儀の根本的な部分は変わらないのですが、社会環境の変化により意味合いが少しずつ変わってきています。

仕事の関係などで日中の参列ができないなどの理由から、葬儀よりも通夜のほうが参列者が多い状態となり、遺族が故人との最後の夜をゆっくりと過ごすことができない状況も多くなっています。

葬儀においては、参列者の時間的制約や火葬場の入場時間などの外的要因により、本来分けて営むべき葬儀と告別式がまとめて行われるようになって、儀式のパワーバランスが崩れてしまうこともしばしば見受けられるようです。

時代は変化していくのだから葬儀のスタイルも変化するのは仕方のないことかもしれませんが、故人との別れに集中すべき遺族が来客接待に追われてしまうのはなんだか違うような気がしてなりません。

昨今、家族葬や一日葬などが増えているのも、こういったところに原因があるのかもしれませんね。

改めてお葬式の在り方を考え直さないといけない時期がきているということです。

この記事では天台宗のお葬式の流れなどについてさらりと解説してまいりました。

時代の変化とともに葬儀スタイルもさまざまですが、故人への弔意と遺族へのいたわりを忘れずに参列されてくださいね。

最後までご覧いただきありがとうございました。

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